祇園祭について

 私たちは、大蛇山を「祇園大蛇山」とよんだりしていますが、一体「祇園」とはなんなのでしょうか?

祇園とは、釈迦が仏説法を説いた所在地ので、正確には「祇樹給孤独園」の略であり、祇園精舎のことです。

祇園信仰とは?

平安時代には、京都の祇園社(八坂神社)を中心とした祇園信仰がはじまりました。

祇園信仰は、祇園社に祭られている神、牛頭天王を守護神とし、信仰することにより、疫病を防ぐことができると願うことです。

牛頭天王とは?

牛頭天皇は、薬師如来の化身といわれ、スサノオノミコトとも習合(異なる二つ以上の教義などを合わせること)しています。古くから。疫病避けに霊験があると信じられ、その御霊を鎮める御霊会が今日の祇園祭の起源になっていることはよく知られています。

また、牛頭天王は、「神農であって、蛇毒神あるいは疫病神」ともされ、農業の神としての側面も持っていました。

大蛇山と祇園(1)

祇園祭は全国各地にありますが、そこに大蛇が登場するのは珍しいことです。

では、何故、この地方の祇園祭に大蛇山が登場するのでしょうか?

三池山と大蛇山

三池山には小さな滝にお不動様が祀られています。これは、その水によって生活を営んだ人間がいたということで、その水源となる場所を神聖視する水源信仰があったと考えられます。その水を司る神の存在も意識され、大蛇や龍が、その象徴として人々から恐れ崇められる信仰の対象となっていったのではないのでしょうか。三池地方には、「ツガニの恩返し」等の民話が残っています。有名な話なので詳細は割愛させて頂きますが、三池には大蛇伝説があり、三池地方にはかなり古くから蛇を神聖視、あるいはタブー視する水神信仰があるとききます。

この事から、三池の人々は大蛇、龍を信仰の対象にしていた事が窺えます。

大蛇山と祇園(2)

祇園信仰自体にも龍神信仰、水神信仰を伴っていたことが祇園社宝殿の中に「龍穴」と称する雨乞いの祈祷場があったことによっても窺われ、祇園信仰と古来より三池にあった龍神信仰は融合しやすかったのではないでしょうか。

このことにより、祇園社の勧請と、祇園信仰の定着と共に、やがて大蛇山というかたちになっていったのではないかと考えられます。

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